★ 沖縄 読谷村 の 座喜味城

沖縄の 世界遺産として登録されているのは、【 5つの城(ぐすく)とその関連遺産 】 です。

5つの城とは、首里城、勝連(かつれん)城跡、中城(なかぐすく)城跡、今帰仁(なきじん)城跡と、この座喜味(ざきみ)城跡のことです。

往時は 250以上の城跡があったそうですが、きちんと発掘調査されて、ある程度 復元されているのは、この5つの城です。

これは、座喜味城跡の航空写真です。
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少し分かりにくい道路標識に従ってゆくと、見えてきました。
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残波岬の帰りで6時を回っており、駐車場の傍らにある歴史民俗資料館・美術館は閉まっていました。でも、まだ、十分に明るい。

階段を登り始めると、松の間から、石垣が見えてきます。この松林のために、沖縄の城跡の中では、もっとも本土の城跡に、似た雰囲気があります。
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さらに近づいてゆくと、全容が見えてきます。
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全体の規模の割に、入口は、小さくこじんまりしています。
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入口を入ると、さらに石垣の郭があります。
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同じような入口があります。
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くぐると、広々としていて、建物の跡があります。
瓦は出土しなかったので、板葺か草ぶきの屋根の質素なな建物だったのだろうと言われています。
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向こうの石垣上には、ジョギングスタイルのアメリカ人のグループが来ています。
読谷村には、民家を借りて、基地の外に住んでいるアメリカ人が少なくないと聞いています。

入口を振り返ると、たくみな石組みが分かります。アーチの原理を認識していたようです。
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アメリカ人の若い女性と視線が会うと 「ハーイ!」 と気さくに挨拶してくれたので、「ハーイ」 と返します。
グループは、まだ20代でしょうか、何人かが、入れ墨をしているのが印象的でした。アメリカ人は入れ墨が好きですね。
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この城が造られたのは、15世紀初頭で、本土でいえば応仁の乱の50年ほど前のことです。

当時、沖縄には、現在の名護から本部(もとぶ)半島に 「北山(ほくざん)」、浦添・首里を中心にした 「中山(ちゅうざん)」、本土南部に 「南山(なんざん)」 という三つの勢力が競い合っていました。

この座喜味城を造ったのは、中山の護佐丸(ごさまる)という武将です。
護佐丸は築城の名人で、城めぐりをしていると、各所で名前が登場します。



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